好奇心を年をとっても維持しつづけているひとの特徴は自分が好奇心を持つと決めたもの以外の情報をシャットアウトしていることだ。
年をとっても好奇心が旺盛なひとは同時に飽きっぽいし、興味ないと判断するのも早い。
猫との大人な共存。
家に帰った時に「ニャアァ」と猫が一声。
「おぅ」とオレ。(撫でない)
服を掛けたり、PCの電源入れたり、この間、猫は毛繕い。
飲み物を取りに冷蔵庫へ、そのついでに水とエサの補充。
風呂から上がり、テレビをつけ、ソファーに座る。
食事を終えた猫が寄ってきてオレの体の一部に寄り添い毛繕い。
少し撫でる。
ビールとツマミを持ってPCいじる。
キーボードを踏みつけてツマミを狙う猫をツマミで誘導し床へ下ろす。
また上がってくる。
太ももの上に乗せて撫でながらPCする。
しばらくすると猫どっか行く。
オレ寝る。
猫オレのお腹の上で寝る。
これが猫との大人の付き合い方。
説教オヤジは3つの勘違いをしていると考えられます。
・自分の体験や教訓は若い者にとって役に立つものだと思っている
・年齢が上であるということは、偉いことだと思っている
・若い者に説教することで、自分のプライドを保つのが目的であると気がついていない
医局で最近、「車って、「なんとなく」乗るものだったよね」、なんて会話をした。
PCもネットもなかった大昔、下宿の本は読み尽くし、テレビに飽きた夜中、なんとなく時間を潰そうと思ったときに、誰もがなんとなく車に乗って、そのへんをだらだら走った。ソーシャルゲームは無駄遣いだなんて、今の中高年はたぶん、若い人を笑えない。若い人は回線にお金を使って、昔はそれ以上の金額でガソリンを燃やした。
「なんとなく」の時間を、部分的にせよ独占できていたことが、かつて車がこれだけ栄えた理由だったのではないかと思う。クーペにしても、3ドアハッチバックにしても、実用に遠いあのデザインは、「なんとなく」時間を潰すのには、一番実用的なデザインだった。